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大阪高等裁判所 昭和32年(ラ)25号 決定

抗告人 伊原利秋

主文

原決定を取消す。

本件競落はこれを許さない。

理由

抗告代理人の抗告の趣旨ならびに理由は別紙記載のとおりである。

第一点について。

株式会社三和相互銀行が本件抵当不動産につき所有者である抗告人との間の昭和三〇年一〇月二一日附停止条件附代物弁済予約(同日附根抵当権設定契約による債務金四四〇万円を弁済しないときは所有権を移転する)を原因として同月二四日受附を以て所有権移転請求権保全の仮登記をしていること、ならびに抵当権者尼崎信用金庫が本件競売を申立てるに先立ち予め右仮登記権利者に対し民法第三八一条による抵当権実行の通知をした形跡のないことは、記録上明かである。しかし、かかる仮登記権利者はその条件の成否未定の間は滌除権を有しないけれども、抵当権者から抵当権実行の通知を受けるとその後法定の期間内に自らの意思によつて条件を成就させて滌除権を取得するに至る可能性を有するから、抵当権者はかかる仮登記権利者に対しても第三取得者として滌除の機会を与えるため民法第三八一条により抵当権実行の通知をなすことを要すると解するのが相当である。従つて、原審競売裁判所がかかる通知の欠缺を看過してなした本件競売手続には手続上の瑕疵があるといわなければならない。しかもその手続上の瑕疵は、まず第三取得者に滌除の機会を失わしめるものとして第三取得者自身の利害に関する事柄であるけれども、第三取得者がその瑕疵を問責するにおいては競売開始決定が取消されると同時に競売申立が却下される運命にあつて、競売手続の安定に影響するところ甚大であるから、競売手続に関する他の利害関係人も亦その瑕疵に基く手続上の不安の存続する限りその瑕疵を問責しうるものといわなければならない。しかしながら、第三取得者が利害関係人として競売裁判所から競売期日の通知を受けることによつてかかる瑕疵を帯びた競売手続の進行を知りその瑕疵を自ら問責しうる状態におかれたにもかかわらず競売開始決定に対する異議や競落許可に対する異議又は競落許可決定に対する抗告の方法によりその瑕疵を問責する措置に出なかつた場合には、第三取得者は競落許可決定に対する抗告期間の満了によりその問責権を失う一方、これによつて右瑕疵に伴う競売手続上の不安定な状態は解消されるから、他の利害関係人との関係においても、その瑕疵は治癒されるものと解するのが相当である。ところで記録によれば、三和相互銀行は昭和三二年一月二三日原審競売裁判所より本件競売期日通知書の送達を受けながら、その後前記異議又は抗告の方法によつて右瑕疵を問責した形跡が認められないから、同銀行は本件競落許可決定に対する抗告期間満了と共にその問責権を失い、他の利害関係人である抗告人との関係においても右瑕疵は治癒されたものといわなければならない。従つて本件競売手続につき依然右瑕疵の存することを理由として本件競売申立に基く競落の徹底的不許を求める抗告代理人の所論は理由がない。

第二点について。

本件競売申立債権者尼崎信用金庫の請求する手形債権が右債権者と債務者尼崎自動車運送株式会社との間の昭和二七年六月五日付根抵当権設定手形割引取引契約に基いて生じたものであること、同契約によれば債務者が他の債務のため強制執行、仮差押、仮処分を受け又は競売、破産の申立を受けたときは債権者は直に将来に向つて契約を解除することができる旨を約していること、右尼崎自動車運送株式会社が昭和二九年四月九日破産宣告を受けたことは、抗告人の争わないところである。かかる継続的な与信契約において受信者たる債務者が破産宣告を受けたときは当事者はこれと同時に与信契約の目的を達しえなくなること明かであるから、前記手形割引取引契約も債務者が破産宣告を受けたときは目的不到達により与信契約に当然終了し、敢て債権者からの契約解除の意思表示を要しない趣旨と解するのが相当である。債務者が破産の申立を受けたに止まる場合の前記契約条項は右の認定を妨げるものではない。従つて抗告代理人のこの点に関する所論は理由がない。

第三点について。

本件競売物件である宝塚市伊子志字円国寺一八八番の三原野二九歩、同所一八八番の四原野一畝二歩、同所一八八番の五原野六歩及び同所一八三番地上家屋番号一二八番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一六坪四合にはいずれも賃貸借なきものとして本件競売期日の公告がなされていて、それが執行吏藤原秋一の昭和三一年一二月一四日付作成に係る報告書に基くものであることは本件記録に徴し明かである。しかしながら、一方本件鑑定人田中徳松の昭和三一年一一月三〇日付作成に係る評価書二通によれば、前記三筆の原野はいずれも現況宅地で地上に家屋が建築せられ、その敷地以外は庭園になつており、競売に係る前記家屋は地番こそ右原野と異にしているものの、実際には右地上に建つていること、右家屋の内四畳半一室は取りこわされてその付近に新しい他人所有の家屋が建てられていること、そのため前記競売家屋の評価につき鑑定人が右四畳半の部分に相当する二坪二分五厘を控除したことが認められる。これらの事実関係を斟酌しつつ前記執行吏の賃貸借取調報告書の内容を検討するに、賃貸借取調のため物件所在地に臨んだ執行吏としては右競売土地上に他人所有の新築建物の存在することに当然気付いている筈であるにかかわらず、その建物の所有関係ならびにその敷地使用関係についてなんら取調べた形跡が窺われないのは、執行吏の賃貸借取調につき著しい不備粗漏があるものといわなければならない。そしてかかる不備粗漏がひいてはじごの競売手続の進め方に重大な影響を及ぼすこともみやすいところである。従つて、原審競売裁判所が本件競売記録から観取される上記の不備を見落しただちに賃貸借なきものとして本件競売期日を公告したのは違法といわざるを得ず、しかもかかる違法な手続にもとずく競落により所有権喪失の危険にさらされること自体、所有者たる抗告人の損失というべきであるから、かかる違法な公告を基礎とする本件競落は許すべきでない。

よつて、この点において原決定を取消し、主文のとおり決定する。

(裁判官 木下忠良 寺田治郎 井野口勤)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

本件不動産競落は之を許さない。

旨の決定を求める。

抗告の理由

第一点、本件競売は本件不動産の所有権移転請求権保全仮登記権利者株式会社三和相互銀行と謂う滌除権者の存在を看過して此の者に対する抵当権実行の通知を欠いた儘為された違法な強制執行である。

斯様に許すべからざる競売手続が此の儘堂々と罷通り本件不動産所有権が抗告人より競落人に推移せんか、夫れは抗告人にとつて強奪に遭つたにも等しく其の損害たるや甚大なものがある。

因に原裁判所は所有権移転請求権保全仮登記権利者は民法第三七八条の第三取得者即ち滌除権者に当らないとの見解に出たものであろうが、之は通説に反して謬論と云はざるを得ない。

第二点、本件競売は其の原因たる債権者尼崎信用金庫と債務者尼崎自動車運送株式会社間の根抵当権設定手形割引取引契約という継続契約の解除の有無を明確にしない儘為された違法な強制執行である。

尤も本件競売申立書によれば「債務者は昭和廿九年四月九日破産宣告をうけたので前記継続契約は同日付を以て解除になつた」旨記載されてゐるが、同契約書自体によつても当然解除でなく当事者の解除の意思表示を必要とすることは明かであるに拘らず、本件執行記録上右解除の意思表示を窺えるものは何一つない。

第三点、本件競売期日の公告は本件不動産につき賃貸借なしと記載してゐるが、之は事実に反する不当なものであつて違法と云はざるを得ない。

即ち本件競売土地三筆中競売家屋の敷地を除く爾余の約七十五坪に付て、本件競売申立に先立つ昭和三十一年七月一日其の所有者たる抗告人は之を松尾武義に対し建物所有の目的で月賃料一坪当り二十円の割合にて期限の定めなく賃貸し其の頃同松尾より敷金一万五千円也を受領した。

右土地賃貸借の事実に付ては、其の後賃貸借有無取調の為め臨場した執行吏に対し居合せた抗告人妻女より之を告知し又右執行吏も前記松尾が右貸借地上に本件競売家屋と別異の家屋を新築中なる事実を現認して帰つた。

然るに右執行吏の報告書には「物件所有者伊原利秋不在の為め妻きよ子に出会取調をなした処、賃貸借なき旨陳述した」と間違つた記載がなされてゐる。此の報告書は臨場日時の記載もなく又執行吏に於て右陳述者の署名捺印を求めた形跡もない随つて信用し難いものである。

右報告書を以て能事畢れりとしたことは全く手落ちと謂はざるを得ない。

真実は一つであつて之を歪曲した本件公告は利害関係人に非常な損害、迷惑を招来すること必定である。

右即時抗告に及んだ次第である。

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